私は六十のおばさん(おばあさん?)です。昔語りを聞いてください。
二十とちょっとで嫁いだのは、旧家で両親も祖父母もまだ健在の家でした。
農家ではありませんが、土地はたくさんあるので、土地を貸して暮らしている家でした。
祖父母と両親はいい人たちで、よくある嫁いびりは一切なく遠くから嫁いできた私に
優しくしてくれました。野菜主体の食卓だったので、海のある土地から来たから
魚が食べたかろうとわざわざ魚屋を御用聞きさせてくれました。
それなのに一人息子の主人が、だんだん私に冷たくなって来ました。
私達は恋愛結婚で、主人がこれでなきゃ結婚はしないと言って望まれて結婚した
はずだったんですが。二人目を妊娠中にふっと主人がいなくなりました。
まわりもびっくりして手を尽くして探したのですが、見つかりません。
二人目が産まれても帰って来ませんでした。それでもその家で子供二人がいるので
暮らしていました。
950: 949 2013/03/03 (日) 18:43:25.46 0
五年ほど経った時主人が赤ん坊を抱えて帰ってきました。自分の子で認知したと。
あわててやぎの乳でその子を育てました。私も三人目を妊娠しました。
しばらくは優しくしてくれ、楽しかったと思うのですが、父の顔を知らない
下の子が主人に上手に甘えられなくて、主人が苛立ち手を上げようとしたのを
私がかぶさってかばったら、ふいっとまたいなくなってしまいました。
三人目は生まれました。この子も父の顔を知らずに大きくなるのかと絶望的な気持ち
でしたが、一緒に怒ってくれ泣いてくれ優しくしてくれる両親と祖父母を支えに
四人育てていました。
それから数年後主人がなきがらになって帰って来ました。赤ん坊を抱いた女の人が
一緒でこの子に遺産をくれ泣き叫んでいましたが、生命保険にも入っていなくて
生家のものはまだ祖父名義。分けるものなどなく、父がいくばくか握らせて
帰ってもらいましたが、また赤ん坊が残されました。認知はしてありました。
それから五人育てながら、祖父母を見送り両親も見送りました。
遺産相続等いろいろありましたが、祖父、父共にいろいろ対策してくれましたので
なんとか五人大学までだし希望の子にはそれ以上の事もしてやれました。
後は老いていく私が、一人暮らせるだけ残っています。
五人ともいろんなところで生活していて、一緒に暮らそうとか遊びに来てとか
配偶者と共に誘ってくれますが、私は両親祖父母のようになれない自覚が
あるので、一人暮らしが無理になったらこの家を処分して施設に入るつもりです。
いまだに夢にまで見ます。恋愛結婚したのに、なぜあの人は黙って行ってしまったんだろう。
私の何が嫌なのかなぜちゃんと言ってくれなかったのかと考えています。
どうして私は、幸せな結婚生活を送れなかったのだろうともんもんと考えるような
人間が配偶者と幸せに暮らしている子供達のところになんて行けません。
人生ってなんなんでしょうね。
なんかドラマとかでよくありそうな感じだな。
人格者の祖父母や両親がいて、周囲から尊敬され慕われている事にコンプレックスを持った良家の息子が、
親への反発心から、自分で選んだ女性との結婚に固執し押し通すんだけど、
その女性も祖父母や両親を慕うようになり、
祖父母や両親も実の孫娘や娘のように可愛がるのを見て、
さらにコンプレックスを上塗りされてしまう。
949の場合、何が正解だったかは分からんけど、
もしも、嫁姑の仲が悪くて949が泣いて暮らして夫だけが頼りとかだったら、
違う結果になったんじゃないかと思う。
949の何が嫌だったって、
「お前が出来た嫁で、両親や祖父母を大事にしてくれるのが気に入らない」
とかは言えんでしょ。
でも、良家の甘ったれた坊ちゃんの気に入るような状況なんて、誰一人幸せにならないから、
949は与えられた状況の中で最大限にいい結果を出せたと思うよ。
コンプレックスかもしれないし、単に、なんでも自分が欲しいものは手に入れたい、
我慢ができない我儘坊ちゃんだった、ってだけかもしれないね。
いったん手に入れると、少ししたら飽きる。飽きたらポイ捨てすることに罪悪感もない、みたいな。
懐かない子供が気に入らないからとまた出て行くところを見ると、嫌なものからは逃げる人みたいだし。
961の最後二行には同意。
んー、でも逆に考えると、夫の愛以外には恵まれた人生だったよね。
もちろん、ご本人の努力あっての事だけど、幸せな人生の部類に入るんじゃないかな。
ご自身は人並みより不幸だと思ってらっしゃるようなのが少し解せない。
離婚率は今、四割だっけ?
残り六割の添い遂げる夫婦だって、最後までお互いに愛情に満ち溢れたまま終われる人ばかりではないのだから。
返事頂いてる。うれしいものですね。
携帯メールから初めてパソコン教室行って、パソコンメール覚えてword覚えて
インターネットで買い物するようになり、こういうところに出入りするようになりました。
こういうところはお若い人が多いでしょうに、優しいお言葉ありがとう。
ぼけ防止に始めたけれど、若い人の話が聞けたり、知らない世界を読んだり
面白いです。
亡くなった主人は、みなさんの言われるように甘ったれだったのかもしれません。
私は下宿屋の娘だったのですが、恋仲になり絶対反対されるから駆け落ちしようと
言われてました。それが優しく受け入れてもらったのが、間違いの始まりだったの
でしょうか。私は性格悪いんです。なので両親祖父母があまりにいい人だったので
同じようにできる自信はこれっぱかしもありません。
その上子供達がそれぞれの配偶者から、愛され大事にされているのをみると
うらやましくって仕方がありません。私もそうされたかった。
だから距離が必要なんです。
孫は遠いので、最近はスカイプで話してます。便利な世の中ですよね。
孫はあくまで親の責任なので、私が無責任に甘やかしていけません。
やり過ぎてしまいそうですので、ぐっとこらえて絶対に口を出さないようにしてます。
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