1
私はいわゆる放置子だった。
お父さんは気が付いたらいなくなってて、
お母さんとふたりで暮らしていた。
お母さんはだいたいいつもおシ酉臭くて、
ときどき男の人を連れて帰ってきた。
男の人が来ているときは、雨でも夜中でも外に出されてつらいけど、
その後は、しばらくお母さんの機嫌が良くなるから助かってた。
小学三年生の冬、お母さんに彼氏ができた。
今までの男の人と違って、家に何回も出入りして、いる時間も長かった。
外に出される時間が多くなって、とても困った。
子供がいていい場所って案外ないんだよ。
特に夜中だと、すぐに大人に声をかけられて
「おうちは?おとなの人は一緒じゃないの?」
って聞かれる。最悪保護されて家に連絡される。
そうするとお母さんがとっても怒って三日くらい怖い。
結局、公園のすべりだいの中が夜中の居場所になった。
風がよけれて、人目につかなくて、トイレもある。
家を出されるときにちゃんと毛布と手袋を持っていくのがコツ。
できたら、なにかお菓子やパンをもらって出ていく。
ちょっとづつかじって食べると時間がつぶれて楽。
2
そうやってやってたんだけど、ある日いろいろ失敗した。
まず、その日は学校の帰りに雨が降って、手袋と靴が湿ってた。
そして、家を出されるときにお母さんを怒らせた。お菓子もなし。
その日は家に食べていいものがなかったから、
おなかがすごくすいていた。
いつもみたいにすべりだいの中にいたんだけど
靴が湿っててどんどん冷えるし、手袋も同じだし、おなかすいたし
ほんと今日はつらいなぁってぼーっとしてたら
なんかめっちゃテンション高い歌声が聞こえてきた。
椎名林檎の曲を熱唱しながらやってきたのは、
超派手なお姉ちゃんだった。
原色と黒の、ラメ入りでファーつきの服、ギャルメイク。
コンビニ袋を持ってふらふらっと歩いてきて、
近くのベンチにあぐらかいて座った。
そして、コンビニ袋からおでん出して食べはじめた。
それがすごくあったかくておいしそうで、
思わず滑り台の中から出て行っちゃったのね。
もちろんお姉ちゃんと目があって
「あ、ヤバい」
って思ったけどお姉ちゃんは怖い人じゃなかった。
「あんた、お腹すいてんの?」
って聞かれてうなずいたら、
ふーん、と、ほー、の混ざったみたいな声だして
「ちょっと待ってな。あ、そのおでん食うなよマジで」
って言い残して、食べかけおでん置いて、
またふらふらっと公園を出て行った。
3
戻ってきたお姉ちゃんは、両手にコンビニ袋を持っていた。
それで、おつゆたっぷりの、てんこ盛りのおでんをくれた。
かぶりつこうとした私をちょっと止めて
「まずちょっとおつゆ飲みな。いきなり具から食ったらゲロってもったいないよ」
と教えてくれた。
お姉ちゃんと並んでおでんを食べた。
お姉ちゃんは
「あんた、親に家追い出されたんでしょ。いつまで入れてもらえないの?」
ってずばっと言ってきたのでびっくりした。
大人はみんな「おうちは?おかあさんは?」って聞いてくるのに。
お母さんと彼氏が寝ちゃったらこっそり帰れるって言ったら
「じゃあまだかかるじゃん、これかぶってな。あげる」
ってコンビニ袋からニットキャップ出してかぶせてくれた。
お姉ちゃんは、おシ酉と香水の匂いがして、
ちょっとお母さんが優しいときみたいだった
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