「とりあえず適当な所で車を止めて。」
ようやく私が言えたのはその一言でした。
あまり人気のない所で車を止め、話し合うことになって
まず最初に思ったのは現実的なことでした。
もう予約もして、お金も払った旅行のこと。
、彼がどうしても行きたいと言うから
頑張って休みを貰って行く事にした、初めての海外のこと。
私「旅行はどうするの?もう1週間前だよ。休みもとって
お金も払ったし、なんでせめて旅行が終わるまで
黙っててくれなかったの。」
すると彼は言いました。
「旅行には行きたい。だから凄く悩んだよ。
でももうお前より、あの子と一緒にいたいと思ったから、
旅行には行きたいけど、あの子が心配するから行かない。」
彼の「あの子」という呼び方で私はわかってしまいました。
痛いほど、彼の気持ちが私から急速に去っていくことが。
もう終わりだと、そこまでわかっていたけれど、
ここであっさり身をひくしかないんだと、
そう自分に言い聞かせても無理でした。
それでもつとめて冷静に、私は反論を開始しました。
私達の3年間はそんな浅い付き合いではなかったこと。
それは一時の気の迷いに過ぎず、時が経てば忘れること。
私も最近、思いやりが足りなくなっていたこと。
素直になれないけれど、本当は誰よりもあなたを
大事に思っていること。
嵐の前の静けさのように、私は淡々と話しました。
3年もつき合った相手です。
どこを突けば彼の心が揺らぐかもわかっていました。
まるで母親が小さな子供に言い聞かせるかのように
私は話し続けました。
ここで感情的になってはいけない。
私に残された最後の理性がそう言っていました。
彼は終始、無言でした。
彼の横顔から、私とその子をどちらも失いたくない、
その狭間で揺れ動く感情が見て取れました。
今までどんな時も私を一番に考えてくれていた、
頼りなくて流されやすいけど優しい彼は
姿を消していました。
彼は、それでもあの子が好きだをくり返し、
そして私にこう言いました。
お前とはここ最近、喧嘩ばかりしていて疲れた。
お前の事は大事だし、嫌いになんかなれない。
言うつもりはなかったけど、本当はお前のことも
まだ好きだって思う。
でも多分やり直してもまた同じ事の繰り返しだし、
口に出してしまったことを今さら変えられない。
あの子は俺の話すことに笑ってくれる。
安らげる場所だと思えたんだよ、と。
だったらどうして私と別れる前に、
その子と寝たりしたのよ!?
私の最後の理性も、押し寄せる感情の波には
抗えませんでした。
私はようやく、涙を流す事が出来ました。
発.狂.し、号泣する事によって。
実は私は鬱病だったのですが、その当時は
本当に人と話す事もできない位症状が重く
彼には内緒で1ヶ月前くらいから病院に通っていたのです。
彼は私が鬱傾向にあることは知っていましたが、
通院するほどだとは思っていませんでした。
もう遅いと知りながら、私は泣きながら話しました。
話したと言うよりも、叫んでいました。
ここ最近喧嘩が多かったのは病気のせいだったこと。
でも、自分が病気であることに甘えているのではないか
不安だったし、恥ずかしくて言えなかったこと。
そんな自分が嫌いで仕方がなかったこと。
あなたが初めて信じられる人だったこと。
誰よりもあなたをわかっているのは自分だし、
私もあなたを失っては生きていけないと。
泣き叫びながら、どんどん惨めになっていく自分。
惨めさと自己嫌悪で一杯になりながらも、
それでも発.狂.してしまった私は自分を止められなかった。
そして私は車道に飛び出して行きました。
そんな自分が大嫌いだと、心の底で思っていながらも。
勿論彼は私を追ってきました。
別にその時は、車に轢かれても良かったんです。
狂言じゃなくて、もうただ自分が止められないんです。
人目も気にせず泣き叫ぶ私を車に連れ戻し、
また私が車道に走り出て・・・
それを何度繰り返したでしょうか。
「もう疲れたよ。重い。」
彼の口から、私にとってタヒ刑宣告である言葉が
放たれました。
自分でもわかっていました。
でも当時鬱が最高潮に達していた私を傷つけるには
充分すぎるくらいの痛い言葉でした。
今でもその言葉を忘れる事はできません。
と同時に、荒れくるう私を鎮める言葉でもありました。
あとは再びきた震えに身を任せ、しゃくりあげながら
虚ろな目をして私は脱力してシートにもたれ掛かっていました。
月はその時もきれいでした。


コメント